霊 巖 寺

霊巖寺 ( 東京都江東区白河一丁目 )
万治元年(1658)の創建と云われる古い寺。境内には奧州
白河城主で幕府の老中首席をつとめた松平定信、伊勢の国河曲
郡藩主であった本多伊予守忠統の墓や、江戸六地蔵の5番目、
高さ2、37mの銅製の地蔵がある。……………………………



 

 



 松平定信の墓

 松平定信は、江戸後期の幕府老中。田安宗武の子。奥州白河の藩主。老中の職につき寛政の改革を断行。また、和歌・絵画に長じ、「花月双紙」「宇下人言(ウカノヒトゴト)」「集古十種」などの編著がある。隠居して楽翁と号す。(1758〜1829)

(この写真は墓の存在を示すものであり、墓そのものではない。)


 江戸六地蔵

 これは地蔵坊正元という人が、宝永5年(1707)から10年かかり、江戸に通じる主な街道に天下太平、衆人快楽、仏法繁栄のために発願建立したもの。

 江戸六地蔵は次の通りである。

   一番 品川寺(品川区南品川)
   二番 太宗寺(新宿区新宿)
   三番 真性寺(豊島区巣鴨)
   四番 東禅寺(台東区入谷)
   五番 霊巖寺
   六番 永代寺(江東区富岡) 現存しない


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